主人公は、少数の天才は偉業を成し遂げるために現行秩序を無視することを良心に許す権利があるという思想を持つ。そして自分に全人類を救済する資格があるか試すために強盗殺人を行い、権力を握るべく自分に投資しようとする。ところが事件に区切りをつけることができずに、精神の疲労に悩まされる。一方、彼はある売春婦を救済すべき対象者の象徴として彼女に興味を抱いた。それと同時に、彼女もまた人類救済を目的として道徳を踏み外していた。主人公は彼女に共通点を見出して、彼女に事件の全容を明らかにするのであった。
それにしても主人公が予定外の殺人に対して罪悪感を抱くという感想文を度々見かけるけれども、上巻p483では《どうしておれは彼女のことをほとんど考えないのだろう、まるで殺さなかったみたいに?》と思索しているし、下巻p435では《これを罪というのか?おれはそんなことは考えちゃいない、それを償おうなんて思っちゃいない。》と妹に発言しているから、罪悪感ではない何か別のものに悩まされたと私は考える。また、小説全体の主題として一部の人からは“殺人の是非”が挙げられているけれども、著者は主人公を自分に重ね合わせているのであって、革命思想の限界とキリスト教の信仰を主題にしているかと思われる。
追記。
主人公が悩まされたのは、妹のドゥーニャと恋人になるソーニャからの無償の愛かもしれない。
追追記。
おそらく主人公はメランコリー親和型の鬱病だ。責任感の強い完璧主義にも関わらず、完全犯罪を失敗したと思っている。そのために精神的に参って熱病にうなされるのかもしれない。