Modigliani, F. (1961) "Long-Run Implications of Alternative Fiscal Policies and the Burden of the National Debt," Economic Journal, Vol. 71, No. 284 (Dec., 1961), pp. 730-755.
まず、新古典派とポストケインジアンにおける公債負担論を鳥瞰している。公債負担はないとする立場では、外債によってしか、現代世代に利益をもたらし、将来世代に負担を強要できないとする。つまり、内債は将来世代に負担を移転しないとしている。この主張は200年もの間、主張されてきたことであり、これらにLernerの機能的財政論が加わる。
一方、公債負担があるとする立場では、内債でも外債でも将来世代に負担を移転させると主張する。もし税を財源とするならば、公共事業を負担するのはそのとき生まれている世代である。しかし、国債を財源としたとき、公共事業を負担するのは国債を償還する世代である。したがって、将来世代の税負担を財源に現代世代の公共事業を行なうのである。
可処分所得Yを完全雇用所得X(定数)と税負担Tの差、民間投資Iを貯蓄Sと国債Dの差、貯蓄Sを可処分所得Yと消費Cの差と定義し、ケインズ型の消費関数を仮定する。このとき、CとYを消去すると、IとTとDの制約式ができる。
右辺は定数であるので、財源として税または国債を選択したときに民間投資が減少するというのがModiglianiの主張である。税には1以下の定数がかかっているので、民間投資の減少が小さくすむので、国債よりも税を財源としたほうがよいとしている。
ただし、Modiglianiの議論は政府支出Gによる便益はない上に、完全雇用を仮定している。
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