多田洋介(2003)『行動経済学入門』日本経済新聞社。
経済学の想定する合理性、たとえば効用最大化やナッシュ均衡は本当に実現されるのかという疑問を持ち続けていた。しかし、偉大な学者たちはすでにその疑問に対して実験やモデル構築を通じて解決を試みていたのである。
ハーバート・サイモンは人間の限定合理性について、人間は効用最大化する解を完全に求めるのではなく、定石や経験則(rule of thumb)を使って最低限譲れない基準を超えていれば満足してしまうと考えた。すなわち、人間行動は効用を最大化するだけでなく、最適化コストの最小化でもある。また、アカロフはこれに近い概念として、自らの効用または利潤を最大化していないものの、合理的に行動しないことによる損失は極めて小さいために、あえて従来の行動を再考することはしない、という近似合理性が個人や企業に観測されると議論した。このようなミクロの小さな非合理性がマクロでは無視できない大きな効果となる。
カーネマンとドヴァースキの研究では、rule of thumbのような近道選び(heuristics)は、三種類に分類される。ひとつめは、代表性の近道選びで、結合効果や小数の法則がある。結合効果とは「AかつB」の確率がAの確率よりも高く予想する傾向があることであり、小数の法則とは「コインの裏が5回連続で出たので次は表にちがいない」というようにサンプルが小さいのに大数の法則を適用する傾向を指す。ふたつめは、利用可能性の近道選びであり、頭に浮かびやすい情報を優先させて判断をする傾向である。みっつめは、係留効果で問題の本質とは関係のない情報にこだわってしまうことである。この他、自分の行動を正しいと過信する「自信過剰」や、自分がとってしまった誤った行動に目を向けようとしない「認知不協和」といった性向も挙げられている。
カーネマンたちはプロスペクト理論という行動モデルも編み出した。価値関数v(x)は参照点からの変化であり、参照点をwとすれば従来の効用関数がu(w+500)などと書いていたものをv(500)と表わす。同じ金額やモノでも得るときと失うときでは価値関数の値が異なり、価値関数では損失方向の傾きは利得方向よりも2倍程度となる。また、プラスの方向では損失回避的だが、マイナスの方向ではrisk-lovingになる。また、期待効用に使われていた確率ウェイトは、価値関数では主観的であって、この確実性効果により、小さな確率のときは実際よりも大きくなる。確率0.4を境に実際の確率よりも低く捉える。このプロスペクト理論は行動ファイナンス、公共選択理論、政治経済など応用が沢山あるという。「心の家計簿」「ナイト流の不確実性」という考え方がプロスペクト理論に関連する。
ファイナンスの分野では効率的市場仮説を考え直す。すなわち、合理的期待仮説に基づけばファンダメンタルズに一致した市場になるはずであるし、そうでなくともアービトラージを通じて神の手が働くはずである。しかし、ファンダメンタルズから乖離した現象が見られ、それは近道選びやプロスペクト理論により合理的に行動するとは限らないということや、非合理に動くプレーヤーの存在により裁定取引が機能しないというように分析される。
割引率はδのときt期の収益をδのt乗で除するが、未実現の利益を本当に喜ぶならば禁煙を失敗することはないだろう。割引関数は指数型よりも、双曲型あるいは準双曲型なのではないかと修正される。このとき指数型とは異なり、1日目には2日目がベストだと思っていたことが、2日目には3日目がベストになったりする。この先送りをあらかじめ予想している人は1日目に済ますかもしれないし、1日目の約束を確実に守って2日目に済ますかもしれないし、先送りを繰り返していくかもしれない。
利己性の批判として人間の相互応報性が挙げられる。相手が自分に対して好意的な行動をとれば、こちらも相手に友好的になり、逆に相手が敵対的な行動に出れば、自分も相手に対し攻撃的な行動をとる。
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